人気ブログランキング |

liberté,amitié,illimité


by echalotes

2010年 01月 29日 ( 1 )


前略

今朝、久しぶりにお迎えタクシーに乗ってドクター・ポワーットのいる病院まで行ってきました。

会いに行ったのはオンコローグのポワーット先生ではなく
外科のドクター・マルタンです。

昨年の2月13日に左胸の手術を受けると同時に右の鎖骨の下に埋め込まれた
ポートを除去する小さな手術をするためでした。

外来の受付と待合室から扉を一枚隔てた小さな手術室で
チクーッとまずは局部麻酔の注射をされました。

これは、小学校のときのツベルクリンの痛さではなく、
日本脳炎のワクチンの痛さ、ぐーっと入り込んでくる痛さ、
私が痛いと感じる痛さでした。
痛かったのですよ。

局部麻酔なので
右の耳元でドクターがいろんなものをいじっている音が聞こえてきます。
その音や、
左を向いているように言われたものの
時々チラチラと見えてしまうドクターの右手の一部やはさみのようなものから
なまなましく、ポートが埋め込まれている状態を想像してしまいました。

私がそんなことを考えて黙っていると
ドクターは「大丈夫?」と声をかけてくれて、「平気です」と答えることを
2、3度繰り返しました。

簡単な手術のための部屋なので手術室と言うよりは台所のようにも思え
数日前に3枚に下ろしたまな板の上の鯖になったような気分でした。
今回は鯖の気持ちになりましたが、まさしくまな板の上の鯉です。

手術を始める前に
「取ったポートは持っていく?それとも捨てますか?」と聞かれ
「これは冗談で聞いているのか、それとも本気なのか・・・」
笑いがこみ上げてきて、その時は返事をせずに終わりましたが
結局“お土産”にしてもらいました。

看護婦さんが「これよ」と取ってそのままのポートを見せてくれた後
流水できれいに洗って、小さい容器に入れて渡してくれました。


c0124619_4233596.jpg



お土産にもらったはいいけれど、こういうものはいつ捨てたらいいのだろうか、
いつまでも取っておいて何か役に立つのだろうか、と
これまた笑いがこみ上げてきます。

私は経験がないけれど、
出産後にへその緒をもらうのと似ているような
いや、それとはまったく違うな、
でも、なんだか大事だけど・・・時々思い出して見るのか・・・
どうするんだろうと思うところは似ていることにします。

フランスでは、抗がん剤治療をすると決まったら必ずポートを使うそうです。

「それは、毎回投与のために血管に注射される患者側の負担、
毎回、注射をしなくてはならない看護婦側の負担の両方を減らすためだ」と
ドクター・マルタンが説明してくれました。

日本では、このポートを体の一部に埋め込んで抗がん剤を投与することが
まだ一般的ではないようですが、小さい手術が必要にはなるものの、
患者と看護婦の両方の負担が減るわけなので
そろそろ一般的になればいいのではないかなと思います。
こういうことは、誰に?どこに?提言すればいいのでしょう。

特に、患者にとっては血管痛を避けることもできるし、
注射嫌いの誰かさんにとっては、毎回怖い思いをしなくてすみます。
ポートに針を刺されるときは、何も感じません。

これで、約1年一緒に生活したポートともお別れです。
私はこうしてポートと切り離されたけど
ツバメの王子は、ポートと一緒に旅立って行ったのでした。

そういう意味でも、なにか感慨深いものがあります。

今回の手術の傷口はほんの3センチくらいのもので
縫うのに使われた糸もいずれ溶けてしまうものだし、
絆創膏も自分で換えます。

昨年の2月13日の手術後にも思ったことですが
外科的なことに関しては、生きている人間の体は適応力があるものです。
また外科的な技術もどんどんと進んでいるので
左胸の傷ももうそのうち消えてしまうのではないかと思うくらいです。

願わくば、トカゲの尻尾のように
左の胸もまた自然にもとにもどればいいのになぁ。
と話すと、また爆笑になるのです。

昨年の12月の初めに南仏でこのポート除去手術を受ける予定でしたが
体調がよくなかったので、この町の病院で受けることに決め
結局、今日それを終えたわけです。

ちょうど誕生日の翌日に当たり、
気分も一新し、
また次の章へ進むページを勢いよくめくることができたような気がします。

さて、このお土産のポートは、どこにしまいましょうか。
どこに飾りましょうか。
何かいい考えがあったら、お聞かせください。

1月が終わります。
くれぐれもご自愛ください。
by echalotes | 2010-01-29 23:23 | 患者の気持ち